ヨハネ研究の森ニュースレターより 「人類史のはなし(6)」
6月から学校が再開され、ヨハネ研究の森でも、
新入生を迎えて、新たな「学びの生活」がはじまりました。
健康と安全を第一にした、ゆっくりとしたスタートながら、
皆でふたたびこの学び舎に集まれたことを嬉しく感じる毎日です。
今回のブログでは、過去に配信されたニュースレターから、
「人類史のはなし」をお送りいたします。
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人類史のはなし ―「牧畜」と人のからだ―(ニュースレター第8号より)
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前回は、いまの人類のくらしを支える「農耕」が、
たくさんの食べものと引きかえに、「病」という
わざわいを、いっしょにもたらした、というお話をしました。
今回からは、「農耕」とおなじように、ヒトの世界を
大きく動かした、「牧畜」のことを考えてみましょう。
ただ、病気のはなしばかりだと、気がめいってしまいますから、
そのまえに、人類史のなかで、「牧畜」が引きおこした
ふしぎなお話を、しておきたいと思います。
牧畜は、ヒトの身体のつくりまで、かえてしまったのです。
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みなさんは、牛乳はお好きですか?
学園の食堂で、他の人からもらってまで牛乳を飲む人や、
止められなければ何杯でもいける、という人がいますよね。
牛乳は、人間が「牧畜」によって手に入れている、
栄養のたくさんふくまれた飲み物です。
ところで、みなさんは、なぜ、牛乳を飲めるのですか?
あんなおいしくて、体にいいもの、飲めないほうがおかしい、
という人もいるかもしれません。
しかし、人が乳(ミルク)を飲み、栄養にできるのは、
じつのところ、まったく、当たり前のことではないのです。
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赤ちゃんのころに、母親の出すミルクを飲んで育つ
生き物を、「ほ乳類」というでしょう。
イヌやネコ、ウシにウマ、サルからカワウソまで、
世界には、たくさんの「ほ乳類」がいます。
ヒトも、この「ほ乳類」のなかまです。
だから、ミルクを飲めて当たり前だと思いますか?
ちょっと考えてみてください。みなさんは、
大人になっても母親のミルクを飲みつづける
「ほ乳類」を、見たことがあるでしょうか。
イヌやネコを、飼っているお家もありますよね。
大きくなったイヌやネコが、お母さんの乳を
飲みつづけていることなんて、ありますか?
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あんまり、おぼえがないはずです。
だって、ふつう、「ほ乳類」は、大人になると、
ミルクを飲めなくなるのですから。
ただしくいえば、ほ乳類には、成長すると、
ミルクにふくまれる「乳糖(にゅうとう)」を
分解できなくなる、という性質があります。
わかりやすくいえば、ほ乳類は、成長してから
ミルクを飲むと、おなかをこわすのが、ふつうです。
だから、ある時期がくると、ほ乳類は、
自然に、母親のミルクを飲まなくなります。
そうやって、ミルクが体にあわなくなり、
勝手に乳ばなれして、一人だちするように、
体ができているのかもしれません。
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でも、みなさんの多くは、いま、ミルクが飲めますね。
牛やヤギのミルクだから、大丈夫なのでしょうか?
とんでもない、ちゃんと乳糖が入っていますから、
ほ乳類なら、おなかをこわしやすいはずですよ。
なぜ、ヒトは、大人になっても乳を飲めるのか?
その原因は、「牧畜」にあると考えられています。
ずっとむかし、人類は、牧畜をしてくらすようになり、
ウシやウマ、ヤギ、ヒツジなどを飼いはじめました。
畑をたがやす手伝いをさせたり、荷物を運ばせたり、
毛をとったり、肉をたべたりと、家畜は、
ヒトに欠かせない存在になっていきます。
そして、あるとき、とつぜん、ヨーロッパの西のほうで、
牧畜をしてくらす人びとのなかに、大人になっても
「乳糖」を分解できるものが、あらわれたのです。
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こうした人びとは、ほ乳類が赤ちゃんのあいだだけもつ
特別な酵素(食べものを分解する手助けをします)、
「ラクターゼ」を、大人になっても、もちつづけています。
その原因は、遺伝子の変異だともいわれているようです。
◇「ミルクとパンと酒が人類の進化を変えた」
(ディスカバリーチャンネル)
ともかく、そのヒトたちは、ウシやヤギが出すミルクを、
なぜか、思いきり飲めるようになってしまいました。
もちろん、ヨーロッパの人びと全員が、いきなり
ミルクをごくごくと飲めたわけではないはずです。
ところが、この遺伝子が、あれよあれよという間に、
ヨーロッパじゅうに、広がったのだといわれています。
もしそれが本当なら、ミルクを飲めるということが、
よっぽど役にたつ能力だったのでしょう。
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いっぽうで、同じように家畜をかって暮らしていても、
モンゴルで、移動しながら「遊牧」をしていた
人びとに、この遺伝子は伝わりませんでした。
そのせいか、モンゴルの人びとのあいだでは、ミルクを、
チーズやヨーグルト、お酒のようなかたちに、
発酵(はっこう)させて、食事にする文化が発達しています。
発酵させると、ミルクは、どんなヒトにでも、
飲んだり、食べたりできるものになるそうですよ。
どうして、ヨーロッパとモンゴルで、こうした
ちがいが生じたのかは、よくわかっていません。
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モンゴルに関する世界的な研究者であり、
ヨハネ研究の森にも講義に来てくださった、
岡田英弘先生(歴史学がご専門です)は、
「ヒトが、それまで狩りをし、肉を食べていた生きものの、
乳を飲んで暮らすのは、情けないことだったのではないか」
と、おっしゃっていたことがあります。
狩りをやめ、牧畜によって生きることを選んだ
人類にとって、ミルクを飲む、とは、
どういう意味をもつことだったのでしょうね。
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ちなみに、日本列島でくらす人も、明治時代になって、
ヨーロッパやアメリカの人びとがやってくるまで、
牛乳を飲む習慣は、あまりなかったようです。
明治時代、すぐれた技術をもつ人たちが、西洋から
日本にまねかれ、牧場のつくり方も伝えられはじめました。
それに、西洋から日本にきた人たちは、
ずいぶん、牛乳を飲みたがったようです。
ローマ字のヘボン式で有名な、ジェームス・ヘボン先生も、
栃木の日光にでかけたとき、牛の鳴き声や乳しぼりのマネをして、
牛乳が飲みたいとアピールしたと記録にのこっています。
◇「酪農乳業の発達史、47都道府県の歴史をひも解く」(Jミルク)
そうやって、日本列島にも、牛乳をのむ習慣が、
どんどん広がっていったのでしょう。
日本人には、いまでも、牛乳をのむと、
おなかをこわす人が、けっこういます。
どちらかといえば、そちらのほうが、ほ乳類としては
当たり前のことなのかもしれませんね。
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さて、このように、「牧畜」は、私たちヒトの身体を
変えてしまうほど、人間に深くかかわってきた営みです。
そして、この「牧畜」が、人類の世界に、
ある決定的なわざわいも、もたらすことになりました。
家畜とくらしはじめた人類をおそった、感染症です。
次回のおはなしに、つづきます。
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本のおすすめ
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◇岡田英弘『世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統』(ちくま文庫)
※はじめてユーラシア世界をひとつにつないだのは、
農耕民ではなく、遊牧民であったと論じる、名著です。
◇篠田謙一『DNAで語る 日本人起源論』(岩波現代全書)
※近年のDNA研究の成果が、ていねいに整理されています。