ヨハネ通信

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ヨハネ研究の森ニュースレターより 「人類史のはなし(6)」

6月から学校が再開され、ヨハネ研究の森でも、
新入生を迎えて、新たな「学びの生活」がはじまりました。

健康と安全を第一にした、ゆっくりとしたスタートながら、
皆でふたたびこの学び舎に集まれたことを嬉しく感じる毎日です。

今回のブログでは、過去に配信されたニュースレターから、
「人類史のはなし」をお送りいたします。

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 人類史のはなし ―「牧畜」と人のからだ―(ニュースレター第8号より)
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前回は、いまの人類のくらしを支える「農耕」が、
たくさんの食べものと引きかえに、「病」という
わざわいを、いっしょにもたらした、というお話をしました。

今回からは、「農耕」とおなじように、ヒトの世界を
大きく動かした、「牧畜」のことを考えてみましょう。

ただ、病気のはなしばかりだと、気がめいってしまいますから、
そのまえに、人類史のなかで、「牧畜」が引きおこした
ふしぎなお話を、しておきたいと思います。

牧畜は、ヒトの身体のつくりまで、かえてしまったのです。

◇─────────◇

みなさんは、牛乳はお好きですか?

学園の食堂で、他の人からもらってまで牛乳を飲む人や、
止められなければ何杯でもいける、という人がいますよね。

牛乳は、人間が「牧畜」によって手に入れている、
栄養のたくさんふくまれた飲み物です。

ところで、みなさんは、なぜ、牛乳を飲めるのですか?
あんなおいしくて、体にいいもの、飲めないほうがおかしい、
という人もいるかもしれません。

しかし、人が乳(ミルク)を飲み、栄養にできるのは、
じつのところ、まったく、当たり前のことではないのです。

◇─────────◇

赤ちゃんのころに、母親の出すミルクを飲んで育つ
生き物を、「ほ乳類」というでしょう。

イヌやネコ、ウシにウマ、サルからカワウソまで、
世界には、たくさんの「ほ乳類」がいます。
ヒトも、この「ほ乳類」のなかまです。

だから、ミルクを飲めて当たり前だと思いますか?

ちょっと考えてみてください。みなさんは、
大人になっても母親のミルクを飲みつづける
「ほ乳類」を、見たことがあるでしょうか。

イヌやネコを、飼っているお家もありますよね。
大きくなったイヌやネコが、お母さんの乳を
飲みつづけていることなんて、ありますか?

◇─────────◇

あんまり、おぼえがないはずです。
だって、ふつう、「ほ乳類」は、大人になると、
ミルクを飲めなくなるのですから。

ただしくいえば、ほ乳類には、成長すると、
ミルクにふくまれる「乳糖(にゅうとう)」を
分解できなくなる、という性質があります。

わかりやすくいえば、ほ乳類は、成長してから
ミルクを飲むと、おなかをこわすのが、ふつうです。

だから、ある時期がくると、ほ乳類は、
自然に、母親のミルクを飲まなくなります。

そうやって、ミルクが体にあわなくなり、
勝手に乳ばなれして、一人だちするように、
体ができているのかもしれません。

◇─────────◇

でも、みなさんの多くは、いま、ミルクが飲めますね。

牛やヤギのミルクだから、大丈夫なのでしょうか?
とんでもない、ちゃんと乳糖が入っていますから、
ほ乳類なら、おなかをこわしやすいはずですよ。

なぜ、ヒトは、大人になっても乳を飲めるのか?
その原因は、「牧畜」にあると考えられています。

ずっとむかし、人類は、牧畜をしてくらすようになり、
ウシやウマ、ヤギ、ヒツジなどを飼いはじめました。

畑をたがやす手伝いをさせたり、荷物を運ばせたり、
毛をとったり、肉をたべたりと、家畜は、
ヒトに欠かせない存在になっていきます。

そして、あるとき、とつぜん、ヨーロッパの西のほうで、
牧畜をしてくらす人びとのなかに、大人になっても
「乳糖」を分解できるものが、あらわれたのです。

◇─────────◇

こうした人びとは、ほ乳類が赤ちゃんのあいだだけもつ
特別な酵素(食べものを分解する手助けをします)、
「ラクターゼ」を、大人になっても、もちつづけています。

その原因は、遺伝子の変異だともいわれているようです。

「ミルクとパンと酒が人類の進化を変えた」
 (ディスカバリーチャンネル)

ともかく、そのヒトたちは、ウシやヤギが出すミルクを、
なぜか、思いきり飲めるようになってしまいました。

もちろん、ヨーロッパの人びと全員が、いきなり
ミルクをごくごくと飲めたわけではないはずです。

ところが、この遺伝子が、あれよあれよという間に、
ヨーロッパじゅうに、広がったのだといわれています。

もしそれが本当なら、ミルクを飲めるということが、
よっぽど役にたつ能力だったのでしょう。

◇─────────◇

いっぽうで、同じように家畜をかって暮らしていても、
モンゴルで、移動しながら「遊牧」をしていた
人びとに、この遺伝子は伝わりませんでした。

そのせいか、モンゴルの人びとのあいだでは、ミルクを、
チーズやヨーグルト、お酒のようなかたちに、
発酵(はっこう)させて、食事にする文化が発達しています。

発酵させると、ミルクは、どんなヒトにでも、
飲んだり、食べたりできるものになるそうですよ。

どうして、ヨーロッパとモンゴルで、こうした
ちがいが生じたのかは、よくわかっていません。

◇─────────◇

モンゴルに関する世界的な研究者であり、
ヨハネ研究の森にも講義に来てくださった、
岡田英弘先生(歴史学がご専門です)は、

「ヒトが、それまで狩りをし、肉を食べていた生きものの、
 乳を飲んで暮らすのは、情けないことだったのではないか」

と、おっしゃっていたことがあります。

狩りをやめ、牧畜によって生きることを選んだ
人類にとって、ミルクを飲む、とは、
どういう意味をもつことだったのでしょうね。

◇─────────◇

ちなみに、日本列島でくらす人も、明治時代になって、
ヨーロッパやアメリカの人びとがやってくるまで、
牛乳を飲む習慣は、あまりなかったようです。

明治時代、すぐれた技術をもつ人たちが、西洋から
日本にまねかれ、牧場のつくり方も伝えられはじめました。

それに、西洋から日本にきた人たちは、
ずいぶん、牛乳を飲みたがったようです。

ローマ字のヘボン式で有名な、ジェームス・ヘボン先生も、
栃木の日光にでかけたとき、牛の鳴き声や乳しぼりのマネをして、
牛乳が飲みたいとアピールしたと記録にのこっています。

「酪農乳業の発達史、47都道府県の歴史をひも解く」(Jミルク) 

そうやって、日本列島にも、牛乳をのむ習慣が、
どんどん広がっていったのでしょう。

日本人には、いまでも、牛乳をのむと、
おなかをこわす人が、けっこういます。

どちらかといえば、そちらのほうが、ほ乳類としては
当たり前のことなのかもしれませんね。

◇─────────◇

さて、このように、「牧畜」は、私たちヒトの身体を
変えてしまうほど、人間に深くかかわってきた営みです。

そして、この「牧畜」が、人類の世界に、
ある決定的なわざわいも、もたらすことになりました。

家畜とくらしはじめた人類をおそった、感染症です。
次回のおはなしに、つづきます。

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  本のおすすめ
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岡田英弘『世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統』(ちくま文庫)
 ※はじめてユーラシア世界をひとつにつないだのは、
  農耕民ではなく、遊牧民であったと論じる、名著です。

篠田謙一『DNAで語る 日本人起源論』(岩波現代全書)
 ※近年のDNA研究の成果が、ていねいに整理されています。
 

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