丸山茂徳先生特別講義 第二部 「科学とは何か」
2009年10月4日

 このレポートは、2009年10月3日(土)〜10月4日(日)の二日間にわたって行われた講演の概要をまとめたものです。
 講演者の丸山茂徳先生は、地球惑星科学の分野では世界に誇る科学者です。
 現在は東京工業大学の教授として、主に大学院で博士課程の指導にあたられていますが、国内にいるよりは、海外での岩石調査など、フィールド人間として忙しく活動をされています。
 学会への論文提出数では、この領域では世界中でも群を抜き、同領域の研究者達に一目置かれた存在です。
 ヨハネ研究の森は、2003年度の「アルフレッド・ウェゲナーの大陸移動説」の研究活動のときから丸山先生にラブコールを続け、2004年2月にはじめて講演にお越しいただき、その後、継続してお付き合いをいただいています。
 丸山先生いわく、「ヨハネ研究の森に来るときが一番しんどい、しかし、一番充実する日」だそうです。丸山先生が感動されたのは、ヨハネ生が一生懸命メモをとる姿。そして、講演が終わったあと数日して送られてくる大量のレポート。このようなヨハネ生の姿を見て、「日本も捨てたもんじゃない」とまで言っていただきました。

 丸山先生の講義二日目は、「科学とは何か」というテーマでお話をして頂きました。科学者として第一線で活躍する丸山先生が「科学」をどうとらえているのか。自分の専門分野だけにとどまらず、学際的な研究を進めていくための方法とは。


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科学とは何か?

 予言をして、本当にそうかということを検証できるもの、それが科学。科学は、「予言能力」を持っていて、法則が見つかれば、それをもとに未来を予測し、「将来、こうなるだろう」という予言をする力がある。これは、科学にとって非常に重要なことです。
それから、検証可能であること。その予言が本当に当たっているか検証することができる。それができないものは、科学とは言うことができません。
 検証可能な予言というのは、たとえば、この天井から物を落とすと何秒後に床に当たるかというもの。これは物理法則で予言が可能であり、検証をすることもできる。
 しかし、科学は完全な予言をすることはできません。大雑把な何秒後ということは言えるけれど、0.00何秒という単位では予言不可能。なぜかというと、その法則では空気がないという仮定をしているので、実際は空気抵抗がある分だけ計算がずれてしまうのです。科学者は、最も重要なパラメーター以外を切り捨てて、単純な形にして、近似的に解を求めます。そうすると、自然科学はかなり簡単に記述ができるようになります。
 なぜ現代では科学がこんなにも重視されているのでしょう。それは、科学が近代という物質文明を作り出したからです。
 科学はテクノロジー(工学)を生み出しました。その工学が製品を作り、国家の経済を潤した。潤った経済が生活を豊かにし、芸術を生み出していったのです。
 この原理に最初に気がついて、大学に工学部を設置したのはドイツです。そして、アメリカ、日本、中国が大学に工学部を設置しました。イギリスは産業革命をするなどして先行していましたが、工学部を作ることに抵抗し、経済的地位を失っていきました。
 日本は、ドイツの仕組みをそのまま持ってきて、工学部の比率を五倍にしました。そうすることで、驚異的な経済成長を遂げることができたのです。


科学の現在

 現在、科学の世界は、要素還元主義によって一つひとつを細かく分けていて、高度に専門化しています。膨大な研究がされているので、科学者が学位を取るまで最短で五年かかる。学位というのは、世界の最前線に追いついたという証明です。
 世界の最先端に追いつくためには、よそ見をしている暇はありません。眼科医だったら、目の一部だけについて、徹底的に勉強する。狭い分野の専門家になることで学位を取ることができるのです。
 しかし、この専門化は問題もあります。目の一部だけを研究しても、その他の分野については何にも分かりません。人体は一つのシステムになって動いているので、システム全体がどうなっているかを理解したうえで考えないと本当の原因は分からないのです。
 人の体では、エネルギーを作り出すためにすべてのタンパク質はアミノ酸に分解されて、肺から取り込んだ酸素を結合させている。人間の体では絶えずそうして続いています。そういう全体としてのシステムを理解していないといけないのです。これは地球も同じで、太陽エネルギーが入ってきて、光合成をして植物が育ち、それを動物が食べ、人間が食べる。人間が増えすぎたためにシステムが変動する。これが環境問題の本質です。
 この環境問題を扱うのに、私は気候しか知りませんというのではうまくいきません。全体のシステムを知らなければならないのです。領域横断的な、学際的な研究が必要です。しかし、これはなかなかうまくいきません。なぜできないのでしょう? これは最後の質問として残しておきます。
 誰もできないことを皆さんができたらそれは、ビッグチャンスになります。分からないことがあるから、面白いのであって、完全に理解してしまったら科学者にとっては何も興味もわかないものになってしまいます。


新しい科学を作る方法論

 複雑系科学の発展様式には法則があります。自分が研究しようとする分野がどの段階にあるかということを把握していたほうが研究を有利に進めることができます。科学には、まず、図鑑の時代があります。全ての物を記述する時代。地道な研究の時代。
 そうして、分類の時代が来る。全てのものを記載すると、関係性が見えてくる。魚と人間は、似ても似つかない。でも、サルと人間は似ている。サル‐人間とくる。そして、よく見ると魚も似ている。類縁関係が分かってきて、系統樹を作ることができるようになります。
 そして、総合化・体系化の時代。科学者にとって最も華々しい時代。全体を総合して、一つにまとめあげていく。ダーウィンの「種の起源」は、この生物学の総合化の時代に生み出されました。
 というように、科学というのは歴史があり、発展の法則がある。それを踏まえたうえで、自分はどこを研究するのかを決めていくことが重要なのです。
 もう一つ重要なことは、時間と空間をより広い視点から研究するということ。多くの科学者は、専門化して、非常に限られた狭い範囲を研究しようとします。それを逆手に取ることで、革新的な研究ができるようになるのです。たとえば、日本地形について考えるときに、みな日本だけのことを考えようとする。それではいけません。日本の地形と海洋プレートの歴史を組み込む、そうすると、それまで見えていなかったものが見えてくるようになります。
 カブトムシやクワガタ、イモリの専門家だとしても、「細胞」という切り口で専門家になると、全部に通じてきます。まずは狭い分野で日本一になること。その次に、自分の専門分野を足場にして隣接する研究分野に橋を架ける。そういう風にしてどんどん広げていくのです。


地球温暖化論争

 「地球温暖化論争」は科学論争史上で最大のインパクトがあるものです。ガリレオやダーウィンの論争は世界の一部の人たちの論争でした。しかし、地球温暖化論争は、全世界60億人、国際政治を含めた全ての分野を巻き込んでいる論争です。
 そういう論争の最前線に反論を持って乗り込んでいくということは、とても勇気がいることです。これは、非常に危険なことでもあります。僕は、何も波風を立てず、世論に乗って研究をして安穏と生活していくこともできなくはありません。しかし、それでは面白くないでしょう。
 科学者には、科学者としての説明責任があります。だから、自分が正しいという確信、そして、それが国家や人類の役に立つという確信、それらを基盤にして犠牲を払う覚悟をつけました。そうして、地球温暖化論争に参戦したのです。
 しかし、環境問題の本質は、人口の爆発的増加と資源の枯渇です。地球が温暖化するか寒冷化するかよりも、本当に重要な問題に取り組まなければならないのです。それは、ここから、ここにいるヨハネの皆さんの取り組みから始まっていくのかもしれません。